JUST MOMENT






「あれ…。」


テーブルに突っ伏して転寝をする影を見たのは、夜遅くの事だった。
のどが渇いて何か飲もうと起きてきたらそこにいた。


「おい、猿野?」

セブンブリッジ学院3年、中宮影州は猿野天国の肩をゆらした。


「起きろよ、風邪引くぞ?」



「ん…。」

すると天国はうるさげに身を動かした。



「……。」


うっすらと明けた瞳から、涙がこぼれていた。



######


「…はあ。」

「な〜に黄昏れてんのよ。影州ったら。
 せっかくの凱旋見舞いに元気ないわねえ。」


嵐のような県対抗総力戦が終わって数日。
埼玉に戻ってきたセブンブリッジ学院の野球部メンバーは、
仲間である鳥居剣菱のところに報告の見舞いに訪れていた。

全国高校野球選手権への出場はできなくとも、県対抗総力戦での優勝を果たし。

最高とはいかなくとも、満足のいく高校野球生活を終えたのだ。
そんな時に見せる表情には、今の影州の顔はふさわしいものとはいえなかった。


「全くもう。せっかく剣ちゃんに報告に行くってのに。
 ま〜さか、恋でもしちゃったんじゃないのぉ?」


「え…。」


兄の言葉に、影州は顕著な反応を返してしまった。



「…あらぁ?」

その様子に、兄も、そして他の友人たちもそれはそれは興味津々の顔を見せてきた。


「アイヤ〜。影州、いつのまにそんな青春してたネ?」

「意外。表情観察 結果 本気 予測。」



「なっ、何言ってやがるんだよ!
 オレはいつだって恋多き男だぜ?!」


焦る影州に、紅印は呆れた顔で返した。


「そーね、上っ面の今までの恋はねぇ。」

「うっ…。」

上っ面の恋、という言葉に影州は言い返せなかった。
自覚はないわけではなかったからだ。


だからこそ、今自分を捕らえている想いに混乱しているのだから。


「それで?本格的に影州のハートを捕らえちゃったのはどこのどんなお嬢様なのかしら?」


「そ…それは…っ…。」


その時、愛らしい少女の声が響いた。

「皆さん!」



「あら、凪ちゃん。」



びくっ。


そこにいたのは、メンバーも周知の、剣菱の妹。


おとなしく優しく、可憐で可愛らしい。
そんな褒め言葉が自然に出てくるような。


そんな少女。



今までの影州が好きになるなら、そういうおんなのこだった。



だけど。

今、影州が彼女に反応したのは彼女自身のためじゃなかった。



周りは素直にとったけれど。

(あら?もしかして…。)

(影州、凪チャンが好きアルか?
 剣菱に殺されるネ…。)



勿論影州はそんな誤解をされていることに気づく余裕は無かった。



(…凪ちゃん見ただけであいつを思い出しちゃうなんて重症だよなあ…。)


「皆さんもこられてるなんて奇遇ですね。
 私も猿野さんと…。…一緒に来てるんです。」


影州が自分の頭を憂いているうちに、
凪は頬を赤らめて言った。


その言葉に、影州は現実に引き戻された。


「あらら、てんごくちゃんと来てたのぉ?
 凪ちゃんたら、隅に置けないわね!」


「あ、そんな…。」

凪の照れるしぐさに、紅印や周りの者達も、どこか二人の関係が変化したのを感じ取った。
(これは…影州早速失恋かしら?)



そう思って、影州を振り向くと。


思ったとおり。落ち込んだような。

思った以上に、切ないような。

思いがけず、苦いような。

そんな顔をしていた。


########



「あれ、影州サン。」


うっすらと眼を覚ました天国は、目の前にいる人間を認識した。

「…泣いてたのかよ?」

「あ…。」


相手の言葉に、天国が自分の目元から涙があふれていたのに気づいた。
少し恥ずかしくなり、天国はごまかしたように笑った。


「…すみません、カッコ悪いとこ見せちゃって。」

「んにゃ、別に気にするこっちゃねえけどな。」

影州は、そんな天国がどこか痛々しくて。
隣に座った。


「…え?」

「あ、悪い…その、なんとなく。
 お前さ、大丈夫?」


その問いかけは、何も意図してはいなかったけれど。


天国は、影州の言葉にかすかに驚いたように眼を見開く。

そして、すこし間をおいて。

天国は薄く口元に笑みを浮かべた。



短い瞬間だった。


だが、その表情の変わる様に、薄い笑みが浮かぶまでの時間に。
影州は心を奪われていた。


その瞬間に、天国の弱さと強さがすべて込められていたようで。



それがとても綺麗で。


「大丈夫ですよ。」



強くて。



########


「やあ、来てくれたんだ〜皆〜。」

「はぁい、剣ちゃんv 優勝の報告に来たわよ〜〜って、何そんなに泣きそうな顔してるの?!」

「だって〜〜今凪が来てくれたんだけどさ〜〜
 てんごくくんと本気で付き合うことになったってついでに報告してくれて〜〜。
 可愛い妹が〜。」


「アララ、やっぱり凪チャン猿野と付き合ってたネ?」

「剣菱妹 先程会見 一目瞭然。」

「だから妹バカもいーかげんにしなさいっての!
 大体てんごくちゃんも凪ちゃんもお互いに両思いなのはわかってたでしょ?
 時間の問題だったじゃないの!」


「そりゃ〜分かってたけどさ〜〜。」


分かってたけどな。




######

その晩、なんとなく彼は天国に電話していた。

「あ、もしもし…猿野?」

『あ、えーっと、影州さん?!』

「今日剣菱んとこに来たんだって?しかも凪ちゃんと一緒に!!」

『あ、あははは…そうなんすよ!』

「そっか…よかったな。」

『はい。』

「大丈夫だな。」

『大丈夫ですよ。』


今度はすぐに答えた。



『ありがとうございます。』


この一言を添えて。


「別に、なんもしてねえよ。」


このとき。

短い短い会話の中で少しだけつながることができたような気がした。



一瞬で始まった恋。


まだすぐには終わらせられない。


こうやって、あの瞬間からできた彼との関係が まだ あるのだから。



「…んじゃ、またな。
 今度遊ぼうぜ?」


「はい!」


だから、もう少しだけ。



                          end


淡い淡い恋…という感じです。
蒼さま、大変お待たせして申し訳ありませんでした!
しかも…失恋話になってまして…リクエストにお答えできてないかも…。
本当にすみません!

どーもミスフルは片想い話が多いですね。
もっとラブらぶな話を書けるよう頑張ります…!!

蒼さま、素敵なリクエストありがとうございました!



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